樋口 晴美 -フラメンコとスペイン-

カマロンに捧ぐ

あなたは逝ってしまった。

その日、さわやかな潮風が吹き抜ける白い町、サンフェルナンドは、

街全体が黒いヴェールに包まれてしまった。

病いにおかされ、苦しんでいることは知っていた。

けれども、「死」がほんとうに訪れるとは信じられなかった。

というより、信じたくなかった。

私はあなたの家族のもとに走った。

あなたの家族はソファーに座り、皆うなだれ、すすり泣いていた。

死は真実だった。

葬儀は、あなたが最後に見せた舞台のようだった。

葬儀場までの道は、人で埋めつくされていた。

葬儀場に着いたとき、人々は、勝ち誇った闘牛士を迎えるように、

あなたに割れんばかりの拍手を送った。

初めはどうしてよいか、わからなかった。

でも、最後には、皆に混じって私も必死に拍手を送った。

棺は、花々に埋ずもれていた。

あなたの死後、しばらくのあいだ、私は踊ることができなかった。

踊る気力が生まれてこなかった。

命とは、何とはかないものだろう。

声も、動きも、あるいは体そのものも、

死の瞬間を境にして、あっけなく消え、意味をなくしてしまう。

それは二度と戻ってくることはない。

あなたが生きた40年あまりの歳月。

人の一生としては、あまりにも短すぎる。

あなたに会うことは、もうできない。

けれども、あなたの唄や音楽は、今でも生きている。

そして、永遠に、人々の心の中に刻まれていく。

私には聞こえてくる。

あなたのアレグリアスが、タンゴが、そしてタラントが。

繊細な唄いぶり、しかし、その中にある力強さと甘美な響き。

あなたの唄を聞くとき、私の心は震える。

生きることの悲しさ、楽しさ、喜びで。

アンダルシアの、人や自然も想いだされる。

青い空と海、ヒマワリ畑に降り注ぐ太陽、白壁の街並み、青白い月、

祭りでにぎわう街の中、手拍子やサパテアードの響き。

悲しむのは、もうやめよう。

私は明るく踊りたい。

あなたが生き生きとして唄っていたころのことを思い浮かべながら。

あなたが好きだった曲の一つ、アレグリアスを。

1993年8月 東京

ヒマワリ畑

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